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サヨナライツカ

初日記

今日から日記を始めてみる。Twitterもやっているが、Twitterは完全に一過性のフローな情報なので、蓄積していくストックな情報をブログに書くことにします。

サヨナライツカ

映画『サヨナライツカ』を観ました。ネタバレしない程度に感想を書きます。

岐路をテーマにしていて、西島秀俊演じる豊も中山美穂演じる沓子(とうこ)もいくつかの岐路に立たされる。恋愛というのは個人的なもので人の数だけの恋愛があるわけだが、それぞれの立場でもし自分だったらどうするか考えながら観ていた。豊がある分岐点では自分ならそちらは取らないなという道を選んでいた。選ばなかった、選べなかった道について豊が思いを馳せることで物語が展開していくわけだから仕方ないことだけれども。

監督は『私の頭の中の消しゴム』のイ・ジェハン。前作は紛れもない純愛で何度も観たしまた観たいくらい好きな映画だが、この映画もまた別の意味での純愛である。世間的な基準を当てはめると純愛とは呼ばないかもしれない。豊と沓子が知り合った時にすでに豊には石田ゆり子演じる婚約者がいて、宣伝文句では「叶わぬ恋と分かりながら惹かれあっていく」ということになっている。ただ、叶わぬ恋って本当にそうなのか、単に叶えなかった恋なのではないかと思ってしまう。

劇中に岐路はいくつもあってお互いが想い合っていれば同じ道に辿り着くというような台詞があるが、もっと直感的に自分の信じる道を選べばよいと思うし、私はそうありたい。愛することはもっとシンプルで自由であり、頭で考えるものではなく心で感じるものなんだ。そんなことを考えさせてくれる映画でした。

上映の後舞台挨拶もあって、それが目当てだったのですが、それはまた改めて。